「今からお前にバブルを起こす」
「はじけるかどうかはお前次第だ」
これは私が約10年前、当時のボスから言われた言葉です。
その頃のボスは既に役員一歩手前。私はまだ20代。いわゆる主任クラスになったばかりでした。
普通なら話す機会すら限られる相手ですが、縁あって私はボス直下に配属されました。
そして、ボスの長い社会人生活の中で、初めて直接指導する年の離れた若者が私でした。
だからこそ、扱い方がよくわからん若者の本気を引き出すために、あえて明確なアメを差し出したのが冒頭の言葉です。
それから私は何度も飛び級し、何百人も追い抜いて社内最速で管理職になりましたとさ!
……と、こんな話を飲みの席でドヤられても酒がマズくなるというもの。
そもそも転職や副業が盛んな中、一つの会社で出世を目指す時代でもなくなりました。
でもまぁここは私のブログですし、案外そういう話に興味がある人がいる気もするので今回は振り返ってみます。
<注意>
この話には、客観的に見るとハラスメントと思しきエピソードが登場しますが、 私の所属組織はそうした言動を許容および推奨することは一切ないことを先にお断りしておきます。
ただ、今は絶滅しつつある「昭和の豪快オジサン」が若手を育てるために、時には行き過ぎた指導をしてしまう時期があったこと、そして私がその中で何を学んだかを個人の経験談として記載するものです。
本記事はたった10年前の話ではありますが、労働に関する意識が変わりゆく中での一種の昔話として読んでいただければ幸いです。
当時の私のスペック
今の私はセキュリティマネージャを名乗っていますが、当時はセキュリティ担当ですらありませんでした。
大学は文学専攻。初級シスアドだけ取って入社した後、少し特殊な部門に配属されたためサーバもネットワークもプログラミングも未経験でした。
とはいえ、一応基本情報→応用情報→旧セスペくらいは取っていたし、当時の所属部門での評価は悪くない程度には働いていました。
そのまま部内で少しずつ上を目指すんだろうな…とボンヤリ思っていた私を鳶のように連れ去ったのが冒頭のボスです。
何の経験もない中で旧セスペ合格
— ニキヌス (@nikinusu) 2024年2月18日
↓
当時の本部長「お前セキュリティやりたいんだってな!!」
ぼく「エッ…」
↓
強制異動 から。
最初の仕事は「ぷろきしって何?」と言いながら悪性IPアドレスへのアクセス履歴を調べることでした。#あなたのセキュリティはどこから
ちなみに、ボスの元で働き始めて最初に付けられた評価は「ノーコン剛速球」でした。
ボスのキャラクター
これは多分文章ではうまく伝えられないと思います。
というのも、言動だけ切り抜くと今のご時世的にアウトなものが多く、実際に社内に敵も多く、彼の直下に行くことを伝えると多くの人から「ご愁傷様です」が返ってくるような人でした。
表面的な部分だけ言えばザ・昭和の営業マン。飲み会は仕事だ!というタイプで宴会の段取りにやたら厳しい。
「豪快・強引・人情派」で、とりあえずすぐ怒る、めっちゃ怒る、しかし怒ったその日には相手を飲みに連れて行ってガハハと笑い(別にネチネチ言うわけでもフォローするわけでもなく、ただ楽しくやってる)翌日には忘れている。骨は拾う。みたいな感じでした。
でも、裏ではもっと多くのことを考えていたり、プライベートの顔はまた違ったり、弱いところもあったり、どこまで踏み込むかによって見え方が変わるのです。
私がボスと働いたのは5年半程度ですが、間違いなく自分のキャリアや能力に多大な影響を与えた人物です。
バブルとは何か
「バブルを起こす」とは何でしょうか。
一言でいえば「社内で名を広めて期待値を高騰させる」ことです。
多くの企業において、人事考課では課内、部内、本部内、全社、と出世候補者間の調整が何度も何度も繰り返されます。
この調整をくぐり抜けるための必須要素の一つが「名を知られていること」です。
仮にボス一人が「コイツを上げるぞ!」と意気込んでも、他の要職に知られていなければ競り合いには勝てないわけです。
だから、ボス自身が至るところで私の名前を(まだ実績を出せるようになる前から)「コイツはできるやつだ!」と叫びまくっていましたし、要職と関わる場にはどんどん放り込まれました。
そうして多くの人から「あのボスが目をかけている有望な若手がいるらしい」と思われる土壌を作っていたのです。
それは他人の目には依怙贔屓に映ったと思います。
否定はしませんが、バブルは起こしてもらえたら勝手に出世できるほど甘いものではないです。
役職に見合わない仕事を沢山こなし、他の同期と比べて何倍ものプレッシャーや理不尽と戦わなければなりません。
仮にバブルがはじけたら「なーんだ、ハリボテだったか」とその後のキャリアにむしろ悪影響を与えかねない、ハイリスク・ハイリターンな道です。
仕事以外の思い出
仕事の話の前に、ボス直下で「かわいがられる」とはどういう日常か書いてみます。
これだけで本一冊書けるくらいエピソードがありますが、とりあえず2つ。
昼も夜も休日も一緒に勉強
ボス直下に配属された直後から、一週間一緒に某資格の研修に行きました。
それが終わると今度は数か月にわたり週末を潰して別の資格の研修。昼休みも個室にこもって二人で勉強。
更にその後は一緒にTOEICの勉強をして週末は受験。もちろん食事もボスと一緒です。
周りの人は完全に私を哀れみの目で見ていました。あぁ、ニキちゃんは監獄に連れ込まれたんやな、と。
私も最初はそんな気分でしたが、意外と楽しいことに気づきました。
週末に会うプライベートモードのボスは普段の顔とは全然違い、自分の学生時代のこと、自分のキャリアプランのこと、私のキャリアについて考えていること、組織の人事の仕組みなどなど、説教くささなく、思っていることや知っていることを酒を飲みながら一つずつ丁寧に教えてくれたのです。
「偉い人」の生態が全く未知だった私にとって、それはいろんな意味で新鮮でした。
パンを食べても飲みに行っても怒られる
ある日、私が自分の席でパンを食べていると、通りすがりのボスに「はしたない!」と結構なマジトーンで怒られました。
そうか、せめて休憩スペースで食べるべきであった…と反省していると、直後に怒った本人は何食わぬ顔でおやつを食べはじめました。
また別の日、XXさん達に誘われて飲みに行ったんスよ~と話したところ、ボスの顔色が変わり、個室に連れていかれて怒られました。
その宴会には別の管理職もいたのですが、その人は更にガッツリ怒られて萎びたキュウリになって戻ってきました。
理由は詳しく書きませんが、要は「お前は将来出世するのだから、変なケチがつきかねない行動はするな(そのメンバには気をつけろ)」と言いたかったようです。
ちなみに後日、ボスがその人たちとニッコニコで飲んでいる写真を発見しました。
まぁこんな感じのことは日常茶飯事で、愚痴とネタに事欠かない人でした。
エピソードを絞っているのでただの暴君に映るかもしれませんが、部下が結婚すると大喜びで高級レストランをご馳走して結婚式のスピーチ役を心待ちにしているような人でもあり、「俺が親代わりだ」的なやたら距離が近いオジサンなのです。
今ではこれほどプライベートにまで突っ込んでくる上司はほぼいないでしょう。
基本的にルール違反だし、そういう距離感を嫌う人が多いのは当然です。
とはいえ、その背後に期待があることも丸分かりだし、なんとも憎めないボスでした。
仕事の思い出
ボスの雰囲気は伝わったと思いますが、うまくお付き合いさえしていれば出世させてくれるわけではありません。
当然ながら、仕事で結果を出すことは何より重要です。こちらも2つほど。
スピードが命
ボスは日々、様々な指示を飛ばします。
素案検討、資料作成、対人調整、出張手配、宴会セッティングなど。
それぞれ仕事の種類としては一般的なものですが、その量と重さと頻度が凄いのです。
そして、それらは指示された日の夕方には「どうなった?」と聞かれます。
素案検討や資料作成の場合、夕方の時点で「考え中です」はアウト。
「XXまでにこういう段取りでやります」もアウト(タスクが明らかに重い場合は別)。
正解は「とりあえず60点くらいのざっくり版を作りました」です。
更にいえば、指示から1~2時間くらいでざっくり版を見せられると大正解という感じです。
ちなみに60点とは、論点や方向性などの骨子は出来ている状態。資料の主文も概ね書けている状態。図表や細かい部分はまだ粗々の状態です。
これを繰り返すうちに、本質的な論点を掴む力、論理構造を組み立てる力、素早く段取る力、などソフトスキルの中でも特に推進力に関わる部分が培われたように思います。
論点を突け
私たちはボスに沢山の報告やレビューをします。
その際、最初の1分、下手すると10秒で会の成否が決まります。
報告やレビューの目的は何で、その中で最も重要な論点は何か。これを最初にズバっと言えて、かつそれがボスにとって「確かにそこだよな」と腹落ちしないとやり直しです。
それが出来ずにゴチャゴチャ話していた頃、目の前で寝落ちされたことがありました。
沢山いる会議ならまだしも、自分と相手しかいない場で寝られる。これは切ないです。
うまくやっている先輩の説明手法を観察して試行錯誤したのを覚えています。
- 要点を最初に放り込んで興味をひく
- 一方的な説明ではなく相手の反応を見て対話する(リズムをあわせる)
- 前回の話との繋がりを覚えてなさそうな場合は丁寧に交通整理してから話す
- 興味なさそうなポイントは適当に割愛する
話を聞いてもらえるようになると、次はとんでもない方向からの質問を捌く必要があり、これはこれでまた別の能力が…という感じで何かと鍛えられるのです。
他、ボスの思い出。
元上司から受けた言葉
— ニキヌス (@nikinusu) 2024年4月29日
「セキュリティは非競争領域だからどんどん情報を出して交換してこい!」
お堅いJTCでこの言葉は嬉しかったな。
なので、さすがに場は選ぶけど、可能な限り細かい情報も出すようにしている。
ただし、注意していることもある。
元上司の思い出話。
— ニキヌス (@nikinusu) 2024年6月4日
よく「祭りにしろ!」と言われた。
お前の担当案件を小さく終わらせるな。話を大きくして人を巻き込んでお祭りにしろ、と。
最初は意味が分からなかったけど、これは一つの出世術なんですね。大きな渦の中心に立って目立つ人はやはり評価されやすいという。
「話を大きく」とは
学んだこと
上記以外でも様々なことを学びました。
例えば「間違った方向性を完全に思い込んでしまったボスからの指示を沈静化して方向転換を図る手法」など、座学ではまず紹介されない生き延びるための知恵みたいなものばかりです。
個人的に知れて良かったのは自己開示の大切さです。
自分が普段考えていること、得意なこと苦手なこと、プライベートな話、何でも雑談がてら話します。
経験豊富なボスといえど、年が離れすぎている若者の得体が知れないのです。
どこまで踏み込んでいいのか、どこまで圧力をかけると折れるのか、世代的にも個人的にも情報の無い中で手探りをしています。
だからこそ、こちらから開示することで扱い方や力加減が分かるようですし、身構えずに話してくれること自体が安心感に繋がったりします。
逆に、私としても「どうせ知られてるし」的に肩の力を抜いてやりやすかったように思います。
自己開示つながりでもう一つ。仕事のアピールの大切さも学びました。
本記事のボスは普段からめちゃくちゃ密着型で見ている人でしたが、それでも私のことだけを見ているわけではないので、気を抜くと「最近お前何に忙しいんだっけ?」状態になります。
普通の上司ならなおさらです。自分の頑張りや工夫を上司が見てくれていると思ったら大間違いで、きちんと要点をまとめて伝えないと見えていないことは沢山あります。
また、そのアピール話が上司にとってはセキュリティ業務のお勉強タイムにもなるし、雑談めいたコミュニケーションの機会にもなるし、自分から動くことは多くのメリットがあります。(中身があることと、うまく伝えられることが前提です)
そしてどうなったのか
冒頭でネタばれしていますが、私は無事バブルに乗りました。
「ノーコン剛速球」だった評価は「変化球も投げれる」に変わり、交渉事を突破するためにボスの名前を出さざるを得なかった場面が減って自分の言葉で動いてもらえるようになり、携わる仕事のレイヤも徐々にあがりました。
最初は期待先行の評価だったのが、自分が出した結果を踏まえて自信をもって評価を受けられるようになったのです。
そして、ボスがいなくなった後もなんとかバブルがはじけることなく、今は全社で約1%しかいない特殊なポジションにいます。
さいごに
ただの思い出話を最後まで読んでいただきありがとうございました。
この話は特定のメッセージやノウハウを伝えるものではないので、まとめ的なことは書きません。年代、職種など読む人ごとに違う感想を持たれるだろうと思います。
ただ、今何らかのストレスやプレッシャーに押しつぶされそうになっている方がこれを見て「やっぱり自分の頑張りや我慢が足りないんだ」と無理をする材料にしてほしくはないです。
ストレスをかけてくる相手の背景にあるのが愛情なのか悪意なのか、一緒に愚痴れる仲間が周りにいるのか、本人のストレス耐性など様々な要素によって状況は異なります。
無理はしすぎず、それぞれのペースでそれぞれの道を歩くのが一番だと思います。
また、自社のことを一通りこなせるようになった今、私の目は社外に向いています。
それは単に転職という話ではないし、特にまだ具体化していません。
とりあえず、まずはセキュリティ業界の中でもいろいろな立場や業種の方と会って話してみたいなと思っており、だからこそやたらとX経由で人と会っています。
その先に自分がやりたいことや、新しい機会が待っていると楽しそうです。
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